旧製品カテゴリーが完全に置換されず併存している事例
旧製品カテゴリーが完全に置換されず併存している事例

1|なぜ併存が起きるのか?技術置換モデルと併存モデルの違い

まず前提として、「新製品カテゴリーが旧製品カテゴリーを完全に置き換える(ディスラプション)」モデルと、「併存する」モデルの違いを整理します。

1-1 ディスラプティブ・イノベーション(破壊的イノベーション)

この用語は Clayton M. Christensen が提唱したもので、既存の高価格・高機能製品を低価格・新価値モデルが徐々に侵食し、最終的には主流を置き換えるという現象を指します。例としてはフィルムカメラがデジタルカメラに席巻されたという見方があります。

1-2 製品ライフサイクルと市場飽和

製品が成熟期を迎えると、機能差別化が難しくなり、価格競争や代替製品との競争が激化します。これを製品ライフサイクル理論(PLC: Product Life Cycle)で説明できます。新製品カテゴリーが登場すると、「旧カテゴリーが縮小/消滅する」と言われることもあります。

1-3 併存モデルが起きる条件

しかし現実には、多くの旧カテゴリーが完全に消えずに併存しています。併存が起きる背景には以下のような条件があります。

  • 旧製品が持つ固有の価値(ユニーク・バリュー)がある
  • 新製品では補えない機能・体験・文化が残っている
  • 旧製品のコスト・技術成熟度・ユーザーニーズが依然として有効である
  • 市場がセグメント化されており、異なるユーザー層が異なる価値を選択している

このような背景をもって、「併存」はむしろ自然な形とも言えます。

用語解説:併存(coexistence) — 新旧の技術・製品カテゴリーが並行して存在し、それぞれが別のユーザー価値を提供し続ける状態。
用語解説:ユニーク・バリュー(unique value) — 他の製品では代替できない、その製品が持つ固有の価値。


2|併存の代表的事例

以下では、デジタル化やICT化が進んだにもかかわらず、旧カテゴリーが併存している具体的な事例を3つ挙げ解説します。これらから「従来型腕時計との併存可能性」のひとつの参考線が見えてきます。

2-1 アナログ・レコード(LP盤)とデジタル音楽

音楽分野において、アナログ・レコード(ビニール盤)とCD/ストリーミングの併存は比較的広く知られています。
アナログ・レコード(LP盤)は、1950〜70年代に主流となりましたが、1980年代以降CDやデジタル録音が急速に普及しました。 例えば、CDが1982年に日本で登場。(TWICE)
ところが、21世紀に入ってからアナログ・レコードの復興・再評価の動きが起き、「レコードを買って聴く」という文化が少数ながら根強く残っています。(Claille)

この事例を通じて、併存が起きる典型的な特徴が確認できます:

  • アナログ盤が提供する質感/儀式性/ノスタルジーという体験価値
  • デジタル形式が提供する利便性/携帯性/コスト低さ
  • 一部のユーザーが「音楽の楽しみ方」を使い分けている(趣味としてアナログ、日常としてデジタル)
  • マーケットとしては、ストリーミングが主流であるが、限定生産のアナログ盤がプレミア価値を持つ

このように、価値軸が異なることで両者が併存できています。

2-2 フィルムカメラとデジタルカメラ(/スマホカメラ)

写真機器の世界でも、フィルムカメラ(アナログ)とデジタルカメラの間には一時期「置換」の流れが強くありました。デジタルカメラが勝ち、フィルム機の大手メーカーは撤退しています。(sfu.ca)

しかしながら、近年フィルムカメラが「趣味/クリエイティブ用途」として再評価され、アナログ撮影を好むユーザー層が再び形成されています。(ResearchGate)
この現象も併存モデルの一例です。
併存の要因としては以下のような要因が指摘されます。

  • フィルム撮影が提供する偶然性/質感/プロセスの遅さという価値
  • デジタル撮影が提供する速さ/即時確認/編集可能性という価値
  • 写真用途(記録 vs 芸術)によって使い分けがされている
  • フィルムカメラはコストが低めで限定趣味市場として成立している

このように、旧カテゴリー(フィルムカメラ)が「趣味・限定用途」として残ることで、併存が可能になっています。

2-3 アナログ時計(機械式・クォーツ)/スマートウォッチ(ここへの転用)

この章では、前述の併存事例を基に、「従来型腕時計とスマートウォッチ」の併存可能性を論じる前段として、類似性のある家電・機器分野を挙げます。
家電では、例えば真空管アンプ(アナログ音響)とデジタルアンプ(デジタル音響)が併存していたり、フィルムプロジェクターとデジタルプロジェクターが併用されてきた歴史があります。
ただここでは、上2つの事例(音楽、カメラ)を代表的な併存モデルとして理解し、それを時計分野に転用して考えていきます。


3|併存のメカニズム:なぜ「置換」ではなく「併存」が実現するか

上記の事例を読み解くと、併存が成立するメカニズムには以下のような構造があると整理できます。

3-1 価値軸の分化

旧製品と新製品が提供する価値が重ならず、むしろ異なる軸であること。例えば、デジタルカメラ=「即時性・コスト効率」、フィルムカメラ=「趣味性・質感」。
時計で言えば、スマートウォッチ=「機能性・連携性」、従来時計=「耐久性・文化・所有体験」。

3-2 用途・セグメントの明確な分化

ユーザーが用途/シーン/価値観で使い分けること。すべての人がスマートウォッチを必要としないため、旧製品に留まる需要がある。
例:記録撮影はスマホカメラ、趣味撮影はフィルム。

3-3 耐久・希少性・修理可能性というアナログの強み

旧製品が持つ「長寿命」「修理可能」「資産化可能」「美術品化可能」といった特性が、差別化要因となる。レコード盤や機械式時計、フィルムカメラはこの典型。

3-4 ニッチ・マニア市場の成立

新製品が大多数を取る中、旧製品がニッチマーケットとして残る構造。趣味・コレクション・文化資産として残るため、廃れて終わりではない。

3-5 ブランド体験と物語性の維持

旧製品が持つ物語・ブランド・文化的文脈(例えば「レコード=音楽文化」「フィルムカメラ=写真芸術」)が、単なる代替品では満たせない“体験”を提供する。

これらを技術経営論的に整理するならば、「代替可能な機能価値」ではなく、「交換不可能な体験価値(experience value)」が旧製品を残存させているといえます。

用語解説:体験価値(experience value) — 製品の機能を超えて、使うことで得られる感情・文化・物語・所有感などの付加価値。
用語解説:ニッチ市場(niche market) — 主流市場ではなく、限定的な顧客層に向け、特色ある製品・サービスが提供される市場。


4|腕時計市場への転用:従来型腕時計とスマートウォッチの併存可能性

これまで挙げた併存の枠組みを、腕時計市場に適用して考えてみましょう。

4-1 スマートウォッチが促す変化

スマートウォッチは「通知」「健康データ」「支払い」「アプリ連携」など多機能を提供するため、日常使い・ウェアラブルテクノロジーの入口となっています。従来型腕時計にとって、この流れは確かに脅威です。

しかし従来型腕時計(クォーツ/機械式)は以下のような価値を依然保持しています:

  • 修理・メンテナンスで長年使える設計
  • デザイン・素材・所有・遺産としての価値
  • 電池交換・ソーラーパワーによる手間の少なさ
  • 機能よりも「時間を身につける」体験

4-2 併存の可能性の論点

腕時計が併存できるためには、以下の条件が鍵となります。

(A) 価値軸の明確化と差別化

スマートウォッチは機能レイヤーに強みをもち、従来型腕時計は所有・美学・文化・耐久性のレイヤーに強みを持つ構造に整理されるべきです。

(B) セグメント・用途の住み分け

例として、日常使い・健康管理・通知目的にはスマートウォッチ、フォーマル/ファッション用途/耐久利用には従来型腕時計という住み分けが成立可能です。

(C) 長期耐久・修理可能性の前面化

従来型腕時計メーカーが「長く使える」「修理可能」「資産になる」というメッセージを強化することで、スマートウォッチとは異なる価値ポジションを確立できます。

(D) 製品ポートフォリオ戦略の活用

メーカーがスマート連携モデルと従来モデルを並行して展開する「ブランドポートフォリオ戦略(brand portfolio strategy)」を用いることが有効です。例えば、低価格廉価モデル/高機能スマートモデル/クラシックモデルと分ける戦略です。

(E) 体験価値強化とコミュニティ創出

従来型腕時計を愛用する「時計趣味コミュニティ」「所有体験」を強化し、購入後のメンテナンス・カスタマイズ・ブランド歴史などを通じた文化体験を提供することが併存の鍵です。

用語解説:ブランドポートフォリオ戦略(brand portfolio strategy) — 企業が複数のブランドや製品ラインを保有し、各ブランドが異なる顧客セグメント・価値提案を担う戦略。

4-3 具体的な方向性提案

ここでは、従来型腕時計メーカーが取りうる具体的な施策として、3つの方向性を提案します。

方向性①:プレミアム化と希少化

従来型腕時計を少量生産・特別仕様モデル・クラフトマンシップを前面に出したプレミアムモデルとして明確に位置づける。こうしたモデルはスマートウォッチでは得難い「所有の誇り」「資産性」をユーザーに提供できます。

方向性②:ミニマル連携/ハイブリッドモデルの展開

完全なスマートウォッチではなく、従来型のフォルムを保ちつつ、Bluetooth通知・ソーラーパワー・長寿命電池などスマート的機能を限定的に搭載するハイブリッドモデルを展開。スマート機能を“補助”として加え、時計本来の価値を損なわない設計。

方向性③:修理・リペア体制とサステナビリティ強化

製品の長寿命化・修理可能性を保証し、ブランドとして「使い続ける楽しみ」を訴求。ユーザーにメンテナンスや部品交換の体験を通じて所有価値を深めるサービス展開を含める。サステナビリティ(持続可能性)やエシカル消費の観点からも強みとなる。


5|併存モデルを実現した家電・機器からの教訓

前述の併存事例(アナログ・レコード、フィルムカメラ)から、腕時計に応用できる教訓を整理します。

5-1 価値の“質”と“機能”の分離

アナログ・レコードでは、音質や触覚体験がデジタルに勝るという質的価値が残りました。フィルムカメラでは、撮影プロセスそのものが趣味として残りました。これらは「機能(数値性能など)」ではなく、「体験」「文化」「儀式性」を重視した結果です。
腕時計も同様に、「時間を正確に知る」機能だけではなく、「所有する」「時間を身につける」という体験価値が生き残りの鍵となります。

5-2 用途の柔軟な使い分けと多様化

ユーザーが用途別に製品を使い分けている点も重要です。例えば、撮影ではスマホを使い、趣味ではフィルムカメラを使うというように。時計でも、平日・仕事ではスマートウォッチ、週末・趣味では従来時計といった“使い分け”が増える可能性があります。

5-3 ブランド/所有文化の維持

旧製品が文化として残る背景には、“ブランド歴史”“所有体験”が存在します。レコード盤、オールドカメラ、ヴィンテージウォッチなどがコレクター市場を形成しているように、腕時計でもブランドの歴史・製造国・素材・メンテナンス文化が価値を保ちます。


6|課題と注意点:併存を実現するためのハードル

併存モデルを実現するには、いくつかの課題も存在します。

6-1 コスト構造の維持

旧製品を少量生産・高品質で維持するにはコストがかかります。スマートウォッチのような規模メリットを得にくいため、価格設定や製造効率の確保が課題です。

6-2 ユーザー認知・マーケティングの難易度

旧製品の価値を「所有」「文化」「持続」など非機能価値としてユーザーに伝えるのは難易度が高く、マーケティングの工夫が必要です。単に「スマートウォッチと比べて~」という機能比較では、併存価値は伝わりません。

6-3 流行変化・技術進化の速さ

スマートウォッチ等の新製品は技術サイクルが短く、機能差の進化が速いです。旧製品が「機能面」で完全に遅れを取ると、併存ではなく衰退に向かう可能性もあります。

6-4 企業体制・ブランド戦略の整合性

多製品ポートフォリオを維持するには、従来型とスマート型を両立させるブランド戦略が必要です。製品ラインが内部で競合すると、ブランド価値が希薄化する恐れがあります。


7|まとめ:併存を前提とした未来戦略

本稿で示したように、デジタルとアナログ/従来型機器との併存は、単なる例外ではなく一つの成熟市場モデルとして確立されています。
腕時計においても、スマートウォッチとの併存を前提に、従来型腕時計には以下のような戦略が有効です:

  • 体験価値・所有価値を強化すること
  • 用途・価値軸が異なるセグメントを明確化すること
  • 長期使用・修理可能性・サステナビリティを訴求すること
  • ブランドポートフォリオ戦略で旧型/スマート型を並行展開すること

このように、旧カテゴリーの製品が消えるのではなく、「価値が再定位」されて併存するという見方が、テクノロジー時代における戦略的な指針となります。従来型腕時計が提供する「時間を身につける文化」は、スマートウォッチでは代替できない“人間らしさ”を宿しており、それが併存という形で未来を拓く可能性を持っているのです。